janoti31のひとりごと日記

すべては奇跡、偶然なき必然

宮司殺害事件と家族問題

少し前に東京の江東区で凄惨な事件があったけど、骨肉の争いか殺人事件は親子や兄弟が
いちばん多い。日本では儒教の影響で親子の関係は最も貴く強固なものと信じられてきたが、
日本では宗教や思想は権力に影響される傾向があるので、親子や兄弟の関係も封建的な
冷たい縦社会の関係の悪いところに影響されて、不健全な親子や兄弟関係になっている
ケースが多いのではないか。お金や利害が絡むと血縁なんて吹き飛ぶ、やっぱ人間は
家族や眷属である前にひとりの個であることを感じた一件だった。

世襲はもっとも合理的で手堅い継承の方法ではあるが組織の運営において向いてない人間が
出てくる時が問題。統括する側が世襲は個人、家族問題であって踏み込めなかったことも原因の
ひとつだが、家族問題は距離が置きにくいし社会的な都合や他の人間によって距離が縮められ
軋轢が生じるケースも多い。

家族や結婚が良いものという幻想がネットの可視化やデータですぐに分かる社会になって、未婚
非婚化や少子化に歯止めがかからない。でも思うのは家族や結婚というシステムにすべてに人が
はめ込めるほど人間が単純か?という疑問が湧いてくる。人間の管理や生産・消費のサイクルの
ためのシステムであって少々時代遅れになって来てるのかなって?感じることがある。
もちろん現在幸福な人は現状で問題ないと思いますけど。
生きている人間のニーズと社会が乖離して行ってるわ。


動物としてケモノとしての血の意味での家族にこだわるのか、社会が決めたシステムとしての家族
にこだわるのか、ひとつの魂の存在としての家族が良いのか。それは解らない。正解なんてないし
人間は第一ブレる生き物だから、先の事は考えたって仕方ないと思うこともあるけど。

誰かが居るのは誰かのため、その誰かを探すのも人生。待つのも人生。見つからないのはなぜ?
見つからなくたってガッカリしない。この星、今世では居ないかも知れないし。
独りでも楽しいから、他の人とも楽しめると感じる。

今日が最後だ。今日も生き延びれた。と思うことが出来れば。


事件があった八幡宮は例年より人がグッと減ったらしい、そりゃそうだよね。地域の守り神的な
存在だし、信仰の特にない人にとっては正月くらいしかお参りに行かない人も多いだろうから。
正月から不吉な場所に行きたくないよな、事件をネタに面白がって行く残念な人もいるみたい。
でも不吉なんてのは気分の問題なので、真面目にお参りしている人にはあまり関係ない気がする。

大事なのは自分がどんな状態であろうが決まり事、ルーティンをこなす。
悲しくても、怒っても、喜んでも、食事を口にしない日はないように。

神さまの立場で物を考えると、真面目にこまめにお祈りお参りしてくれる人間と、そうでない人間。
どっちの願いを叶えて応援してあげたいかと言うと、やっぱ前者。だからああいう場所でゴミとか
平気で捨てる人がいるけど神経を疑う。人が自分の家やって来てゴミ捨てていったら?

想像力のない人間は不幸。目に見えている物が全てではない。ほんの一部。